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#8 南の誘惑
夏のヴァカンス・シーズンが近づいてきた。この時期になると、街全体が急にそわそわしだす。今年のヴァカンスをどこでどう過ごすかが話題の中心になってくる。こちらの人々の休暇にかけるエネルギーは、日本人が想像する以上のもので、フランス人はヴァカンスのために働く、というのはすでに充分言い古されたフレーズだが、いまだにこちらでは、ヴァカンスに行けないあるいは行かない人は、憐れみの眼で見られるか、もしくは余程の変わり者扱いである。
先ほど、私のアパルトマンの大家夫婦と話してきたところだが、彼らも今年は南仏で1か月を過ごすのだそうで、マダムは満面に笑みを浮かべてその一ケ月の計画を語ってくれた。まあ、その「計画」の内容だが、よく聞けば何と言うこともなく、トゥールーズの山中に持っている別荘にゆき、夏の三十日間をただ「働かずに過ごす」というだけの、いたって質素なものである。食料はあらかじめスーパーで買って行き、それを食べ尽くす。山の空気を胸いっぱい吸い、太陽をたっぷりと浴びながらの食事は、たとえ簡単なパスタ料理ばかりが続いても、彼らにとっては文句の出るところではないらしい。夫婦一番の楽しみは、車で海まで足を延ばし、浜辺で肌を焼くことだという。彼らにとって南仏の太陽は、1年間、待ちに待ってやっと再会できる最愛の友人のような存在なのだ。
彼らのように、ヴァカンスに南を目指して出発するのは、珍しいことではない。と言うよりもむしろ、南国の光への憧れは、ヨーロッパの人々にはかなり頻繁に見られるものである。西欧の国々に滞在すると、各国に、この「南志向」とでも呼ぶべき感覚が、確かに存在することに気付く。
ゲーテは、イタリアの陽光に焦がれつづけ『イタリア紀行』をもした。ゴッホはプロヴァンスの太陽を求めてアルルにやってきたのだし、マチスはニースにアトリエを構えた。セザンヌはと言えば、生地であるエクサン・プロヴァンスを終生愛しつづけた。スペインの映画監督ヴィクトル・エリセには、南への思いを端的に表す『エル・スール―南』という作品がある。
芸術家だけでなく、学生からオフィス・レディからブルジョワのマダムから、皆こぞって、こちらはまばゆい陽の光を肌に灼きつけるために、南の浜辺を目指す。フランス国内で言えば、高級リゾート地は、サン・トロぺやニース、カンヌなど、南仏のコート・ダズュールに集中している。日頃は経済活動や学問にいそしむ地を離れ、ヴァカンスには南部の楽園で骨休み、というのが、この国を物心両面から支えていると自負する北部の人々の行動パターンのようだ。
そんなおり、パリっ子たちの「南志向」をさらにかき立てずにはおかない話題の主が登場した。「TGV(トラン・ア・グランド・ヴィテッスの略。超高速列車の意)メディテラネー(地中海、の意)」、つまり「地中海TGV」である。地中海の抜けるようなブルーがまぶしい高速列車だ。6月10日に運行を開始したこのTGVは、パリ―マルセイユ間(直線距離にしてほぼ東京―広島間)を、3時間で結んでしまう。従来は4時間30分から5時間かかっていたのだから、一気に走行時間を3分の1以上縮めたことになる。これはまさに驚異的な数字で、誰もが目を見張った。連日のニュースでは、日本の新幹線を比較の対象にあげたこのTGVが、新幹線のスピードを上回って、現時点での世界一に立ったと、誇らしげに伝えていた。
思えば、日本で東海道新幹線が開通したのは1964年、東京オリンピックの年だ。「もはや戦後ではない」を合言葉に、日本は高度成長の波に乗り、先進国の仲間入りを目指して夜を日に継いで走りつづけた。この「頑張る」日本を引っ張る牽引車のような存在こそ、新幹線だったのである。一本の鉄道が『夢の超特急』と名付けられることにより、すべての人々を憧れの実現という上昇志向に導く役割を見事にやってのけた。この「夢の」という接頭辞を考えついたコピーライターは実に賢明だったといえよう。とにかく東京は、そうした「夢」の歴史の集大成としてできあがった、きわめてメガロマニアックな都市なのである。
この「地中海TGV」は、かのピーター・メイル『南仏プロヴァンスの12か月』の舞台となったアプトの街に程近いアヴィニョンを通り、セザンヌゆかりの地エクサン・プロヴァンスを経て、フランス第2の都市マルセイユに到る。全長1000kmのレール上を、平均時速300kmで走り抜けるこの2階建ての特急列車。開通式に臨んだ現大統領シラク氏は、実に晴れがましそうな様子だった。「地中海TGV」は、フランスの庶民だけでなく、大統領選挙を間近に控えた彼にとっても、新・夢の超特急と名付けるにふさわしいものかもしれない。
一方で、この「地中海TGV」の登場によって、パリ―南仏間のフライトをもつ航空会社が大打撃を被ることは必須だろう。事実、空港に行き、煩わしいチェック・インなどをせずとも、パリ市内をメトロ1番線でリヨン駅に行くとすぐに乗れてしまうこのパリ始発列車の人気は上々で、向こう数か月の予約は満杯とのことだ。
さて、それでは現代のパリにこの新・夢の超特急がもたらすものは何だろうか。既に数々の夢を実現してしまっているパリのことだ、いくら世界最速とは言え、一本の列車が、かつて東京を造りあげたときに演じたのと同じような役柄ができるわけではないだろう。南の誘惑がますます強くなったとしても、それがパリを変えるのではない。誘惑に乗って人々はTGVでパリを発し、南への憧れ気分は、紺碧の海岸に拡散してゆくだけなのだ。
だが、一つ注目すべき事がある。パリ市が、このところ2008年のオリンピック誘致に向けてのキャンペーンを開始したのだ。この動きは今後さらに活性化することだろう。そのためのイメージ戦略に、このもうひとつの「世界一」が大きな役割を担うだろうことは、目下のところ疑問の余地がない。
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