#7 パノラマ・バス

 人がパリを訪れる理由はさまざまだろう。古今の文学や紀行文、都市論の類からガイドブック、旅行雑誌の小文に到るまで、パリを巡る言説の膨大なことにはまったく驚くばかりだ。出典のいかんを問わず、この街を訪れる人々は、パリについての何がしかのコメントをおのおの口にする。
いわく「パリとは・・・」。たとえそれらの言葉を既にどこかで誰かが発していようとも、パリについて、あらためて何かを言わずには済まない強烈なアウラが、やはりこの街にはある。パリのどこに惹かれたかは各人で異なり、その分、この街を形容する言葉は多彩を極めてゆく。訪れた人の数だけの顔を持つ街―それがパリなのである。
街をちょっと見回しても、ショッピング、美術館、観光、レストラン、カフェ、オペラ・バレエ、映画・・・とパリのアクティヴィティのなんと豊富なことか。誰でもが、そう、ヨーロッパ人でさえ、一度訪れたらまた再び戻ってくることを夢見る街だ。そうして二度、三度とパリ詣でを重ねるうち、「自分だけのパリ」像が形成されてゆく。始めは単なる訪問者だった人が、やがてはこの街を学問や創作の拠点とし、定住の地として選ぶことも、もはや稀なことではない。

 この街の一体どこがそんなにも人を魅了するのだろう。その答えを見つけるのは容易なようでいて、実は一言で表すのが難しい。何故なら、誰もがこの街を歩き回るごとに、その答えは更新されつづけるからだ。こうしてパリの惹句は、不断に作り変えられる。足で歩くよりは路線バスに乗ってこの街を巡るとき、私はこの感を一層強くする。

例えば、32番線のバスで行くと、先週まであった「A.P.C.」のブティックは取り壊されて、携帯電話を売る店になろうとしている。
94番のバスから見た馴染みのカフェ「ヴォージラール」はディスプレイを替えたが、それは経営者が変ったせいだ。
また、47番バスで行くシャトレには、かつては美術専門の本屋だった場所に、目下パリで人気のインターネット・カフェができた。
73番バスに乗ればスーパー「プリズュニック」の看板が「モノプリ」になるのを見、69番沿線では、同じくスーパー「コデック」が競合店「G20」に取って代わられている。
60番バスが通る20区の裏路地では、無名画家の描いた未来派風の壁画は、まるでニューヨークあたりにあるようなイラストに塗り替えられている。
そんなパリには、現在でも街のあらゆる場所に「工事中」の足場が組まれている。明日はこの街がどう姿を変えるか、誰も分からない。しかし、その変貌の一方で、中世から現代までのモニュメントが、街の到るところになお存在しつづけているのも、またパリの変らない姿なのだ。
例えば42番のバスに乗ると、私たちは、19世紀のオペラ・ガルニエを横に見て、18世紀のマドレーヌ寺院からコンコルド広場に到り、19世紀に整備されたシャンゼリゼ、20世紀の有名デザイナーズ・ブティックが軒を連ねるモンテーニュ大通りを抜け、パリで最も幅の広い19世紀建造物のアルマ橋を渡って、20世紀象徴の塔エッフェルへと辿り着く。現在の私たちには、パリという街で世紀を超えたモニュメント群のタイムトンネルを、最新型21世紀のバスでスリップできる、新たな悦びが与えられているのだ。

 つまり、パリという街全体とは、生きた一大パノラマなのである。その表情の多様さを、街に蜘蛛の巣のように張り巡らされた路線バスで見て行くこと―この街に住んでいる私たちばかりではなく、旅行者にも、是非とも体験して戴きたい快楽といえよう。
新世紀を迎えて、パリの路線バスは幾つもの路線で車輛が新調されたが、ルノー社の新型バスはとりわけ居住性に優れ、視界も広く、あたかもパリの街を大画面のスクリーンで見る映画のように見て回れる。

 こうした路線バスの乗り方は、気の利いたガイドブックならひととおりの手引きは載っているし、そう難しくはない。旅行者なら、1回券ではなく「カルト・オランジュ」という名前の一週間定期を買って、メトロとバスでパリをあちこち回る方法がおすすめである。(パリではメトロもバスも、この同じ定期で乗れる)
道に迷ったり、停留所を間違えたりしても、それほど大きくはない街パリのことだ、少し歩けばすぐ他のバス停に出くわすだろう。心配はいらない。

 この夏、パリへの旅行を考えている方は、メトロだけではなく、さらに地上を行くこの路線バスも乗りこなし、パリの表の顔を身近に見つめて、「自分だけのパリ」発見をぜひしていただきたいと思う。