#6 ポップの時代

 パリ右岸、ランビュトー駅からすぐの場所にある、一見奇妙な建物。これが、カラフルなパイプを建物の外壁に剥き出しにした外観のポンピドゥー・センターである。正式名称を「ジョルジュ・ポンピドゥー国立美術文化センター」とするこの建物は、1969年に時の大統領ポンピドゥーが、パリ中心地の再開発計画の一環としてプロジェクトを立ち上げ、77年に建造したものであった。
 建物の設計担当は、イタリア人のレンゾ・ピアノと英国人のリチャード・ロジャーズという外国人の手による。当時49カ国からの国際的なコンペを勝ち抜いただけあって、二人の設計によるこの外観は、石造建築が主体のパリのモニュメント群に比べるとかなり異色なものである。が、同時に、一度見たら忘れられない印象を残す設計であることもまた事実で、開館から24年経過した今なお、ポンピドゥー・センターの美術的価値には賛否両論がよせられている。 
 ポンピドゥー・センターは、国立近代美術館、図書館、現代音楽研究所、創造工学センターという、まさに芸術文化の要となる機関で構成されているのだが、なかでもこの建物の四階以上を占める国立近代美術館こそ、今や押しも押されもしない「二十世紀アートの殿堂」であり、現代のアーティストにとってここに作品が買い上げられることは、ただちに絶大なポピュラリティーを手に入れるチャンスともなる。

 現在、この国立近代美術館では、『ポップの時代』(Les annees Pop=レ・ザネー・ポップ)展が開催されている。この『レ・ザネー・ポップ』展は、ここ芸術文化の「権威の象徴」ともいえる建物に、ポップのリバイバルを実現することが出来ただろうか。

 ポップ・アートとは、簡単に言うなら、1950年代の中ごろから60年代にかけて欧米に展開されたひとつの芸術運動である。もともとの言葉である「大衆芸術(Popular Art)」に注目しはじめたのは50年代はじめの英国人アーティストだったが、60年代になってニューヨークのアーティストを中心に、戦後の消費文化がもたらしたTVや冷蔵庫などの新製品の洪水や、雑誌、コミックス、広告、映画スターや人気アイドルのイメージといったマス・メディアのイメージがこぞって利用され、美術の一傾向を作った。
この運動は、コマーシャリズムをアートにもたらす一方で、従来のハイ・カルチャーに対する若さに溢れた攻撃、批判として、日本の作家にも少なからず影響を与えた。

さて、『レ・ザネー・ポップ』展では、ポップ・アート(フランスでは、ヌーヴォー・レアリスムと自称した)のスターたち、例えばラウシェンバーグ、ウォーホル、リキテンシュタインの作品を漏れなく並べるだけでなく、当時の新製品(トースター、テープレコーダー、TV、etc.)や、家具、服、ビートルズやローリング・ストーンズといったポップ・スターのレコード・ジャケットなどを会場の隅々に置いている。
スピーカーからはその時代の、いわば懐メロが流れ、オノ・ヨーコとジョン・レノンがアムステルダムのホテルで行ったパフォーマンス『ベッド・イン』のヴィデオも見られる。   
美術館の名品を見せる展覧会というよりは、まるで商品の展示会という感じの会場だが、当時をリアルタイムで生きた人ならノスタルジックな気分に浸れるだろう。また、60年代にはまだ生まれてさえいなかった若い世代の人には、キッチュなモノと出会える格好の機会となったのか、イースターのヴァカンス(こちらではPaques=パックという)には、連日開館の1時間前から大勢の若者が列をなす大盛況だった。

 また、今回のこの展覧会に付記すべきは、フランスを代表するエレガンスの代名詞でもある、イヴ・サン・ローラン・リヴ・ゴーシュ、そしてイタリアの人気ブランド、グッチ・グループが、全面的に展示をサポートしているということだった。この名前を見るだけでも、ファッションとリンクしたオシャレな展観となるのは当然だが、今後のファッションの波と『ポップの時代』展の新たな連携プレーがありそうだということもまた予想できる。

最近、パリでは、シックなどという言葉はもう既に死語になりつつあり、「B・C・B・G(ベーセー・ベージェー)」という形容詞もまた同様の運命にある。これは、Bon chic bon genre(ボン・シック・ボン・ジャンル)の略語で、つまりパリ16区の高級住宅地に住む女性たちが身に付けている、ベーシックながらも高級感あふれる上品な装いのことで、日本風に言うならさしずめ「シロガネーゼのファッション」というところだろうか。
そのB・C・B・Gな装いをした人々は、もちろん16区パッシーあたりの高級住宅地ではまだ見かけるし、フォーブール・サン・トノレにはその名もズバリの「BC BG」というブティックがあるものの、今オシャレに敏感なトレンディ人種たちは、そんな装いよりも自由でカラフルで、それこそポップな印象のカジュアル・ファッションに身を包み始めているようだ。
寒い日が続いた今年の春もようやく終わり、一気に初夏の訪れとなった今日この頃は、パステルやヴィヴィッドカラーのファッションがパリの街角に溢れ、街全体が華やいで見えて、カジュアル・ファッション全盛の感が一層強くなる。この傾向は、実は、パリに住む外国人、特にスウェーデン人と日本人、一部のイギリス人がもたらしたものだと私はひそかに見ているのだが、そのあたりはまた項を改めて書いてみたい。

 いずれにせよ、オリジナルな時代のポップ・アートから一切の毒を取り除いた『新しい「ポップ」の時代』が、ここパリにもやってきそうな気配だ。この『レ・ザネー・ポップ』の盛況ぶりが、その始まりを告げているように思える。