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#2 たったひとつの冴えたやり方
「なぜって」と、パリ滞在4年目をむかえるN嬢は、シャンソンの歌詞をとっさに翻訳して続けた。この通りがたまらなく好きだという彼女にその理由をたずねた時のことだ。「晴れの日も雨の日も、昼も夜も、お望みのものはすべてあるんですから」ここ、シャンゼリゼには、と、そんな答えが返ってきた。シャンゼリゼ、ギリシャ神話で神に愛された者たちが、来世を愉しく過ごすという「エリゼの園」にちなんだ名前をもつ大通り。この通りの何が、人々の心をこうもときめかせるのだろうか。
たしかに、凱旋門からコンコルド広場へとなだらかに下ってゆくこの大通りの華やかなことといったら、アソーティッド・キャンディの箱を開けたようだ。その名前にふさわしく、行き交う人々の顔も楽園の住人然と何やら輝いて見える。道の両側には、有名ブランドのブティック、スノッブな高級カフェ、映画館、自動車のショールーム、ショッピングアーケードが立ち並ぶ。
そう、まさにパリのメインストリートであるここには、冒頭に引用された歌詞のように「すべて」とは言わないが、パリ観光のマストアイテムとなるエッセンスがたっぷり詰まっているのだ。が、それらをすべて体験するためにはある種のテクニックが必要で、特にパリ滞在にそう多くの日数を割けないパックツアー人種には、それ相応の戦略があるという。以下は、卒業旅行でパリを訪れた女性たちの話である。
まず、シャンゼリゼ詣では、早朝ルイ・ヴィトンの店先に到着することから始めなければならない。10時の開店には間がある時間でも、店先にはかなりの人が列を作っている。やっと店内に入った後も、「買い物はひとり3点まで」という店側からの厳しい個数制限があり、欲しいものすべてが買えるわけではない。こうした理不尽に耐えながら、ようやくお目当ての「戦利品」をゲットする。だがそれ以上この場所でとどまるべきではない。なぜなら、このあとすぐにフォーブール・サントノレ通りのエルメスに赴かねばならないし、カンボン通りのシャネルもこの日中に制覇したいからだ。翌日は翌日で、ルーヴル美術館、セーヌ河の観光船バトー・ムーシュ、エッフェル塔・・・と物見遊山の予定が目白押しだし、さらにサンジェルマン・デ・プレ地区のブティック街やオペラは免税品店でのショッピングもある。こうして多くの人は、それらをクリアすることに命をかけるのだが、それでもまだ時間が残っている向きは、シャンゼリゼ再訪となる。
二回目のシャンゼリゼは多少余裕を持って、凱旋門に上ることから始める。ここからのパリのパノラマは絶景だし、足元からパリ全土へむけて放射線状に延びる12本の通りを見ていると、自分が世界の中心にいるような気分になったりする。地上に降り、ジャン=リュック・ゴダールが『勝手にしやがれ』を撮ったのはこの辺、プルーストの『失われた時を求めて』のワンシーンはあっちと再確認するごとに、自分をパトリシアやジルベルトになぞらえて記念写真を撮ったりしておけば、パリ観光がいっそう思い出深いものに。またここには、香水専門店セフォラの大型店舗もあるので、買いそびれたみやげを調達してもよい。こうしてシャンゼリゼ歩きに疲れたら 、何といってもカフェである。そんなときは、迷わず超有名カフェ「フーケッツFouquet's」を選ぶ。ちなみに日本のガイドブックにはどれも「フーケ」と紹介されているこのカフェ、ここは英語風に語尾まで発音して「フーケッツ」と言うのが正しい。相場12〜14フランのエスプレッソが30フランということで一般庶民はまず入らないカフェだが、店内は高級官僚組や、パリのなかでも特にリッチな階級に属する人々、そして世界各国からの観光客で常に賑わっている。ゴージャスな繻子張りの椅子に腰をかけ、彼らと同じ空間に憩いながら取り澄ましたギャルソンにサービスされるのは面映くも晴れがましい気分。ほっと一息ついて窓の外を見ればそこは紛れもない大都市パリのシャンゼリゼである。思わず「オー、シャンゼリゼ・・・」のフレーズが口をついて出てしまう・・・。
以上が現代「シャンゼリゼ攻略法」の定番らしいのだが、しかしこれはいくら何でも前世紀的に過ぎはしないだろうか。観光や買い物、記念撮影ぐらいしかすることのない街など、退屈なだけではないか。
そこで、筆者なりの提案として、シャンゼリゼ詣で2日目のコースに「アトリエ・ルノー」を付け加えてみる。このスペースは、他のショールームが自社の新旧モデルを展示するのに終始しているのと違い、ファッション・デザイナーやアーティストとのコラボレーションの場となっている点が新しく、注目できる。現在は、新車とともに日本人スタイリストの服やタブローがディスプレイされているところだ。ホール中央の舞台では自動人形(オートマット)によるファッション・ショーも繰り広げられていたり、ショーの合間にはヴィデオ作品が上映されるといった、シャンゼリゼでもなかなかおもしろい空間となっている。クルマとファッションのフューズドな関係が生まれる瞬間を探る、このような越境の試みがこの先も続けられるなら、この場所は新しいシャンゼリゼの顔となることも期待できるだろう。
そしてこうしたアナーキともいえる取り組みこそ、単なる観光名所としてのシャンゼリゼが次なるステップへと踏み出せる、たったひとつの冴えたやり方のように思えてくる。
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