|
#1 ニューロナルな街
アーサー・C・クラークの、というより個人的にはむしろこちらの名前を挙げたいスタンリー・キューブリックのヒット作「2001年 宇宙の旅」。誇らしげに冠した「2001年」という特権的な数字を、パリという街はいとも平然と受け入れたようだった。
たとえばコンコルド広場では、『光のコンサート』が行われ、大晦日には広場中心にあるオベリスクにレーザー光線が行き交うなか、ユーロ・ビートな音楽が流された。が、主役になるはずの「光」はロック・コンサートの照明のように平凡だし、ラテン歌謡曲風な音楽はなにやらノスタルジックな気分をかきたてはするものの、間違っても新世紀を予見させるほどのインパクトはなかった。
ポンピドゥ・センターでも200人の演奏者が太鼓をうち鳴らすという催しがあったが、その打楽器の音が21世紀にふさわしい新しさに満ちていたとは思えない。
エッフェル塔にいたっては大晦日恒例のカウントダウンすらされず、塔付近に集まった人々は気がつかぬうちに世紀の境を越えてしまい、どうも年が明けたらしいと何となく認識したのも、エッフェル塔がその身体いっぱいにちりばめたブルーの電飾をつつましやかに点滅させているのを見たからだとか。2000年のオープニングに白色灯だった電飾は、今年安易ともとれるアイディアでブルーに変った。この点滅は夜間6時、7時、8時・・・と区切りのよい時間に10分間続くのだが、新装なったブルーの光には「見えにくい」との苦情が殺到し、数日で元の白色灯に戻されることになる。去年は通年エッフェル塔の中央に「AN2000」(2000年の意味)のネオンサインが輝いていたが、今年はそれも消え、「AN2001」のネオンサインはこの先も予定がなさそうだ。
こうして新世紀は、未来を予感させることもなくあけたのである。
実際、旧世紀の間、「21世紀」という言葉から誰もが連想したであろう近未来的な都市像ほど、パリという街の素顔からほど遠いものもないだろう。
「近未来的」姿をした建造物はたしかに存在する。グラン・ダルシュ(新凱旋門)から始まる副都心のラ・デファンス。銀色の球体ラ・ジェオードをもつ科学都市ラ・ヴィレット。だがいずれもパリ郊外から新世界の波を発信する場所というよりは、このところ夜間は治安が悪くなるといった警告ばかりが発せられる場所だ。
つまり、21世紀をむかえても、パリは新世紀=ユートピアを形成すべく整然とひとつの方向にまとまって突き進むということはないのだ。異なった地域の人々が異なった文化を持ち寄りそれらを育み、あるいはまた相互に融合させて形成している現在のパリは、まるで神経細胞のごとく、多方向へと分裂しながら増殖するニューロナルな街なのだ。注目すべきは、フランスという国が、こうした「他者」を受け入れる際、並外れた度量を示す点である。
筆者がこの底力を改めて意識したのは、2年前のヴェネツィア・ビエンナーレだった。展覧会場には各国ごとにパヴィリオンが設けられていて、その国がそれぞれのやり方で現代美術の実験的試みを提示し、様々な問いかけに答えようとしてみせるのである。
この年のフランス館の展示は、パリ在住の中国人アーティスト、ファン・ヨンピンに一任されていた。彼は、館のファサードから内部に、皮をはいだばかりの生木でできた柱を林立させ、建物の屋根から中国世界伝説の妖怪たちを、下界を睥睨するかのように配した。さらに孔子を思わせる人物像が、付近からその妖怪たちを見上げている・・・ファン・ヨンピンは、およそフランスとは無関係なイメージでフランス館を埋め尽くした。パリ在住で活動中とはいえ、アジア出身で天安門事件後にパリへ渡ったこのアーティストを、二年に一度開催するビエンナーレのフランス館の責任者に選出し、しかも筆者が見たところその作品は他の展示を圧倒する規模と造形の美しさをたたえていたのである。こうしたことがフランス本国の美術界に複雑な思いをさせただろうことは想像に難くないが、このファン・ヨンピンにフランス館の展示を依頼した人物もまた、フー・ハンリューという若手の中国人美術批評家であった。つまりこの年のフランス館は、キュレートの段階で、すでに外国人に実権を与えていたといえる。この包容力こそが、筆者をフランスにつなぎとめる大きな魅力の一つとなっている。
現在、パリ市近代美術館において『寄港地としてのパリ』展が開催されている。パリを様々なアーティストたちの「寄港地」ととらえ、現在パリにトランジットする、あるいはパリを拠点として活動する外国人アーティストだけを選抜する展示だが、こちらにもファン・ヨンピンはじめ四人の中国人、三人の日本人、一人の韓国人という構成で東洋のアーティストが集結し、このキューレイターも、フー・ハンリューなのである。
かように、多国籍・無国籍な人々の坩堝となっている今日のパリ。こうした動きは、美術界に限らない。ファッション、食文化、住まい、生活必需品などなど、あらゆるレベルにおいてパリのニューロン化は浸透し、パリという多国籍の街は、いまや秩序よりもあえて混沌を選択しているかのように見える。そこにはどんな未来があるのだろうか。今後毎月お届けするパリ通信で、21世紀のパリならではの混沌から、日本の皆様とともに新しい発見ができたら、とても嬉しい。
|